少し疲れた夜には、
遠くへ行かなくてもいいのかもしれません。
茶箪笥から湯呑みを出し、
急須に茶葉を入れて、
ゆっくりお茶を淹れる。
湯気が立ちのぼると、
部屋の時間が少しだけ、昔に戻る。
木目のテレビ。
カセットテープのこもった音。
扇風機の首が、ゆっくり動く。
遠くで蝉が鳴いていた夏。
夕立のあとの土の匂い。
畳に寝ころんで聞いた、風鈴の音。
夜になると、鈴虫が静かに鳴いていた。
そんな記憶の中で、
自分の中に潜ってみる。
それは暗い穴ではなく、
古い家の屋根裏部屋へ、
そっと上がっていくようなものです。
木の階段が鳴り、
布に包まれた道具があり、
ずっしりと重い本が眠っている。
厚い紙。
黄ばんだページ。
開くたびに、忘れていた声が聞こえる。
子どもの頃に好きだったもの。
若い日に憧れた世界。
しまいこんだ本音。
苦しい時を越えてきた、自分だけの強さ。
それらは、派手な宝石ではないかもしれません。
けれど手に取ると、
小さく、あたたかく光ります。
本当に価値があったものは、
ずっと自分の中にあったのかもしれない。
外の世界に疲れたら、
心の奥の、古い地図を開いてみる。
山影。
川音。
夕暮れの道。
灯りのともる家。
その奥に、
あなた自身の宝箱が眠っています。
急須のお茶を、ひと口ずつ飲むように。
重厚な本を、ひとページずつめくるように。
少し休んで、
少し思い出して、
少しだけ自分に戻る。
その時間こそが、
これからの人生を照らす、
いちばん高価な宝なのかもしれません。





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